天保年間
播州の西北部(姫路城の北約30km)で庄屋を務める桐月藤五郎(五代目、1806年生まれ)が特に許されていた水利権を活かし、三箇所に水車を設置、近辺の鉱山から産出される蝋石の粉砕を始める。以後車屋(くるまや)の屋号で呼ばれる。
嘉永2年
(1849年)当地が杉・桧の良材の産地であり、豊富に利用できる杉葉に着目した藤五郎は、当時需要が高まっていた線香原料の杉粉の製造に取り組み、各方面に出荷を開始、今日の(株)誠壽堂の創始者となる。
明治5年
薫物線香の製造を始め、香舗としての礎を築く。
昭和26年
戦時中一時中断していた線香製造を再開、全国に販路を展開する。
昭和36年
当社のメインブランドとなる紫紅梅シリーズの第一弾、(金)紫紅梅を発売。
その翌年宝樹シリーズも一斉発売する。
昭和38年
自動線香製造機の開発に着手する。
昭和41年
嘉永年間より続いていた線香原料(杉粉)の製造から手を引き、薫物線香製造に専念する。
昭和45年
個人商店誠壽堂と株式会社蘇生堂を合併の上、株式会社誠壽堂と改め法人化する。
昭和46年
北米、ヨーロッパ向けの香水香を開発し、輸出を開始する。
同年、自然乾燥に頼っていた乾燥工程を自動化する。
昭和47年
増産体制を敷くため、分工場(上小田工場)を建設する。
昭和50年
生活様式の変化に伴う新たなニーズに応ずるため、従来の線香のイメージを一変した画期的製品(煙の少ない線香)微煙香「黒 紫紅梅」を発売。ヘルシーで人に優しい線香として注目され、大きな反響を呼ぶ。その後、「微煙香」の商標は煙の少ない線香の代名詞として定着する。
昭和59年
2年余りの歳月を掛け、現在地に新社屋、新工場を完成。一層の効率化と自動化を実現する。
昭和61年
永年の研究の結果、困難とされていた自動線香製造機の開発に成功。
くっつきの無い、真っ直ぐな線香ができるようになり、製品の質が一段と向上する。
昭和63年
人と環境に優しい線香を、との要望に応えて、微煙香よりさらに煙りの少ない超微煙香「永遠」を発売する。
平成3年
製品倉庫を改築し、出荷の円滑化を図る。
平成4年
煙の少ない焼香(微煙焼香)を開発、発売する。
平成10年
煙が少なく、焚くと灰の色が変わる画期的な御香を開発する。
平成11年
香りと色を楽しむ新しいタイプのお香「彩香」を発売する。

創 業
嘉永2年(1849年)線香原料製造開始
明治5年(1872年)薫物線香製造開始
法人設立
昭和45年
資本金
42,000,000円(平成12年3月現在)
事業内容
薫物線香各種御香製造販売
従業員
62名(平成12年3月現在)
工 場
本社工場/兵庫県神崎郡神河町吉冨1615
分工場/兵庫県神崎郡大河内町上小田
協力工場/兵庫県下数社
販売形態
全国有名代理店への卸販売
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